【ひとりで百物語居酒屋】第1話・老婆の死体
【ひとりで百物語居酒屋】第1話・老婆の死体
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これはもう証言者は僕だけとなってしまった、40年ぐらい前の話である。
少し僕のサイトでも紹介している話だ。
当時の僕はまだ幼稚園に通う前後だったと、記憶している。
そんな年代だから、いつも母親が運転する自転車の後ろに乗って、一駅先の商店街へ行くのが日常の1つであった。
そこへ行くと、小児科があったり、ご褒美のフルーツジュースやたこ焼き・おそばがあった。
きっとその日は買い物に出掛けたんだと思う。
ハッキリしたことは覚えていない。
ただ母親の乗る自転車の後ろに乗って、いつもの景色を見つめて、ちょっと怖い雰囲気の女子高の高い壁を見つめていた。
天真爛漫な幼い子供だったから、車を見ては「あー!」と発見したことに喜び。
畑の中を飛ぶチョウチョに心奪われてみたり。
普通に色んなものに心奪われていたんだろうと、この年になって苦笑いする。
大阪市内にある交差点。
そこはたまに…現在でも交通事故がある。
幼いあの日もいつものごとく通過して、商店街へ向かう。
そんないつもの風景の中に子どもの目には、異様に見えたものだった。
「あ!あーちゃん…おばぁちゃんが倒れてるー!!」
と指差し、叫んだ瞬間の出来事。
「アカンよ!」
それまで優しかった母親が一変した怒声を上げた。
「なんでぇ?誰も…」
口を尖らせ、言いかける前後に自転車のスピードがあがる。
今もまぶたには「老婆の着物や帯の色」「手や指先」「白髪の生え際」「額と口元から流れる少量の血」「眠ったような顔」が鮮明に浮かび上がる。
そしてその後、いつもの商店街へ行ったことを覚えている。
ずっと不思議なままで、その日は買い物などをした。
「?」でいっぱいで母親に聞きたかったが、なぜか何もたずねることが出来なかった。
その後、何度かたずねたことがあった。
「あんなんは、ややこしくなるから…」と、答えがあった気がする。
月日が流れてもただどこか納得したような、そうでないような自分がいる。
成人近くなった年にたずねた時は「そんな事、あった?覚えてない。」と母には、はぐらかされた。
後々に色んな人に尋ねまわったこともあった。
答えは皆同じく、その交差点で「老婆の死体が放置された」「交通事故で老婆がはねられる」などと言う事件は起きていない。
あんなリアルな死体(失礼!)が道端に倒れていたのを目にしたのは、後にも先にも…それっきりである。
今日でも、首を傾げてしまう奇妙な出来事だった。
終話