ジェンダフリー企業戦士【ひとりで百物語居酒屋】

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【ひとりで百物語居酒屋】第10話・夜間機動警備の洗礼

【ひとりで百物語居酒屋】第10話・夜間機動警備の洗礼

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警備員の怪談話はたまに耳にする。
ただこの夜間の機動警備は普通の警備員と違って、通常の夜間パトロール以外に・・・機動警備。すなわち緊急時にはそこへ駆けつけ、警備する。少しだけ特殊な業務を担っていた。

 

この機動警備に女性が正式登録したのはまだ2人目などという時代の話である。
そんな警備会社に勤務していたOさんの話。

 

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Oさん・・・僕が大阪の山エリアに住んでいた頃からの友人である。
現在はステーキ・ハウスでウエイトレスをしている、明るくパワフルな女性である。
そんなOさんとケーキ食べ放題という冒険に出たとき、ひょんな話の流れから怪談が始まった。

 

この日、いくつかの収穫があった。
その中で「そんな話、ホンマにあるんや」と感じたものを紹介したい。

 

Oさんの見た目は本当に、女性らしい女性で「放っておけないタイプ」である。しかし、おっとどっこい・・・あの夜間警備の中でも特殊部隊といわれる「夜間機動部隊」に所属していたぐらいに、よく訓練を受けた女性なのだ。
そんな彼女が日本で2人目の女性機動警備隊員として、ある部隊に所属した。

 

所属初日は、クソ暑い夏だったという。

 

「今日から、ココに女性隊員が配属されるぞ~!」
暢気にニコニコと笑いながら、隊長と呼ばれる初老男性が言った。
明らか、気のいいお祖父ちゃんのような人が隊長。
鋭い眼光をした副隊長。
元IT企業勤務の班長。現場で叩き上げの隊員、自衛隊上がり・・・などで構成された班。
「よろしくお願いします。」
まだ初々しかったであろうOさんは、そう言うと業務の洗礼を受ける。

まずは副隊長は元レーサー。
その彼と担当エリアをくまなく車で案内され、夜遅い山奥や住宅街をカーチェイスばりに走る車に乗せられる。
駐車場に戻ると、元自衛隊員が駆け寄り「大丈夫?」と尋ねて来た。
「あぁ。この子は平気やわ。」
副隊長はそう言いながら、車から降りて来た。
駐車場の出入り口で立って待つOさんは、ケロッとしている。」
「たいがいはビビリ上がるねんけどなぁ?あの住宅街の道でも、暗闇でも、笑って話しとる。」
「ええ!!あの道でやったんですか?」
自衛隊員が驚く。
「ぼ、僕でも、青ざめたのに・・・。」
「何を言うてはるんですか?副隊長は元レーサーなんでしょう?」
そうニッコリ笑って、防御用の防弾チョッキなどを抱えてOさんは事務所に戻った。

 

「あぁ・・・お帰り。アイス食べる?」
隊長は座席でアイスを齧って、山とある昼間の警備員たちの記録を見ている。
「いえ・・・お茶飲みます。」
と若干、田舎にあった警備会社なので、事務所は比較的ゆったりした時間が流れる。

そんな平和的な時間もあったり事務所が、凍りつく瞬間がある。
緊急を知らせるサイレン音。
発信信号の種類により、火事や不法侵入がある。
田舎であっても、毎晩数回は緊張感いっぱいになると言う。

 

入隊して2~3週間経つ頃。
Oさんにも巡回パトロールのいくつかのパターンを教えられ、そこのどれかが当番制で回るようになった。
ただ隊長や副隊長がいる時は必ず、「Oちゃん、C担当してね。」とニコニコしながら、Oちゃんに自分たちのパトロールカーのキーを渡す。

巡回パトロールとは、いくつかの施設をある時間になったら、順番に巡回する。基本的には、「自分の車」が与えられた隊員が行うものだ。
そして、後にこのCと言われている巡回パトロールが新人最大の登竜門となっていることに気づく。
その中に幼稚園と体育館があった。

 

まずこの体育館は山の麓にある。
そこに到着する頃、だいたいは近くの役員さんのおっちゃんかおばちゃんがいる。
「確認したら鍵閉めて、返却しておきますよー。」
と、いくつか話して後を請け負うことがほとんどなのだが、たまに人がいないことがある。
巡回が遅れてそうなる時もあるし、いつもの時間でもいない時もある。
「まぁ、地域の体育館ってこんなものよね。」
と、Oさんは深く考えずに、巡回して鍵を閉めて次に行く。

 

そんなある日の体育館は、明かりがついて、扇風機もついて、窓も開いた状態だった。
「あれ?」
だいたいは閉めかけているか、半分閉まっているか、完全に閉まっている。全部が使っている状態になっていることは・・・・・ない。
Oさんは、首を傾げながら体育館横の駐車場に車を停める。
そして、体育館の窓を閉め、舞台裏や奥の控え室だろう部屋やロッカールーム・トイレなどを確認して行く。

 

誰もいない。

 

置くから順番に電気を消して行き、扇風機を止めながら、窓を閉めて行く。

 

トントン・・・ドド・・・キュ・・・

 

「ん?剣道?」

 

剣道の踏み切る足音のような?
「空耳かなー?」と思いながら舞台裏の確認ついでに、舞台上から体育館の様子を見た。

 

「あぁ・・・」

 

剣道の防具を付けた一人が練習と言うか、見えない誰かと試合をしている。でも見えない誰かも、防具を付けた人も、この世の人ではない。
Oさんは見なかったことを決めて、スタスタといつもの業務をし、最後は体育館の両側の窓を閉めながら、出口へ向かう。

 

無論、その間・・・剣道の試合は続いている。

 

黙々と業務をこなすOさん。
そして、最後の窓を閉め・・・出口に立った時にOさんは一礼して電気を消した。
そんなことがこのCの巡回コースの体育館では、月に数回ある。

 


「Oさん、あのコース・・・平気?」
「何がですか?」
「えっと・・・体育館とか・・・」
身長180を超えている大男で、元自衛隊員の男が訊ねる。
「あの剣道マンですか?」
「あああ!!やっぱり・・・・・」
ゲッソリした顔をする元自衛隊員。
「別に害ないやないですか?練習試合か何かしてるだけでしょ?」
「え!?ぼ、僕、ダメやねん。」
「苦手な人はそうでしょうねぇ。」
同情するOさん。
「苦手なんもあるけど、僕、あの剣道の防具つけてるヤツに追いかけられてん。」
「追いかける?それって・・・体育館の出入り口で礼してます?」
「え?」
「いや・・・一礼ですよ。」
会話が止まった。

 

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「ほ、ほんなら・・・あの幼稚園は?」
気を取り直して、元自衛隊員はOさんに訊ねた。
「何もないですよ?」
「ほ、ほら・・・あさがお組の所の・・・」
「あー・・・」
「僕、あそこでも追いかけられてん。」
さらに同情するOさん。
「よっぽど何かしてません?」
「と言うか、Oさん・・・凄いね。」
「いえ・・・私、無視しかできませんから。」
と乾いた笑い。

 

ある私立幼稚園で、園児が力いっぱい元気なのが印象的なところだ。
昼間は・・・。
そこもCの中にある。
園内の建物が2つに別れており、真っ暗な夜中に全部懐中電灯だけで巡回するらしい。何事もなく終われば、巡回簿にチェックをし、サインをする。
このあさがお組さんはその巡回途中の中盤にある教室だった。

 

コツコツ・・・1つ1つの教室をチェックする。
コツコツ・・・トイレなどもチェックする。
コツコツ・・・

 

「あさがお組」と書かれ、あさがおのイラストが書かれた扉。
建物の一番奥にあり、出入り口が2つある。奥の扉を越して左に曲がると階段だ。
その角を曲がろうとした時、なぜか園児を連れたお母さんが視界の隅に入る。残りの巡回が終わるまで、ずっとついて回る。

 

コツコツ・・・もう1つの建物の1つ1つの教室をチェックする。

 

コツコツ・・・もう1つの建物のトイレなどもチェックする。


コツコツ・・・

 

ずっとお母さんは園児を連れて歩く。

 


「って、それだけですよ?」
アッケラカンとOさんは元自衛隊員に言った。
「え?」
「後ろをついて歩くだけで、園から出ないでしょ?」
「オッサンは?用務員のオッサン!!」
「あ・・・入り口の?」
「う、うん・・・」

 

この巡回簿がある所の近辺で、出るらしい用務員のオッサン。
「最初の建物の1階だけで、何もないでしょう?」
「ええええー!!僕、あのオッサンにも追いかけられた!!」
「よっぽど怖かったんですねぇ。」
自衛隊員は、ちょっとムッとしていた。
「無視ですよ。無視!!そもそも、そんなことを気にしてたら、仕事になりませんやん?」
「はいはーい。もういいでしょー。」
ニコニコ笑いながら、お祖父ちゃんな隊長が缶ジュースを持ってやって来た。
「僕も副隊長も、みぃーんな経験して今があるから・・・ね?」
と言いながら、「はい。はい。」と缶ジュースを渡す。

お礼を言いながら、Oさんは、
「隊長・・・それよりあの幼稚園はどの教室も子どもでいっぱいの方が怖いですし、胸が痛いです。」
「あはははははは。やっぱり、Oちゃんは知ってたんやねぇ。」
いつも制服姿に草履か長靴姿の隊長は、腰に鎌をぶら下げて夜の駐車場へ向かう。
「毎度の不法侵入があったから、僕が行って来るわ・・・休憩が済んだら、事務所に戻って、仲良くね。」
後姿に手だけ振って返答をする隊長。
それを見送る元自衛隊員とOさん。

 


ケーキをモグモグしながら、Oさんは僕に笑いながら話してくれている。
「ホンマ、あの隊長はクワセ者やわ。お陰であの幼稚園専属みたいに回らされたし。」
何年も経っているのに愚痴るOさんは、ケーキ手へ伸ばす。
「それって、まだ続きあるん?」
僕も2回目のお替りをしたケーキを食べている。
「あるよー!!って、そのケーキは何ケーキ?美味しそう・・・」
「え。聞きたい!!コレはナンとかチーズって・・・美味しいよ。取って来ようか?」
「次行くからいいわ。今はケーキに比例する体重が一番怖いけど、食べるわ。」
「う、うん・・・つか、隊長の腰に鎌・・・」
突っ込みも聞き流し、Oさんは残りのケーキを食べていた。

 

(終話)